オリックス曽谷龍平の来季はどうなる?左肘トミー・ジョン手術を決めた経緯と育成再出発の可能性、2028年完全復帰への道筋
この記事のポイント
- オリックスの曽谷龍平が左肘のトミー・ジョン手術を受けた
- 9月17日の降板から複数の病院での診察を経た決断の経緯と、来季は育成で再出発の可能性、2028年の完全復帰を目指す見通しを報道から整理する
目次
2026年10月23日、オリックスの曽谷龍平投手が左肘の靱帯再建術を受けたと分かった。球団で同じ手術は昨年から延べ12人目と報じられた。来季中の復帰は難しく、育成選手での再出発の可能性が挙げられている。
3月のWBCで日本代表に入った左腕は、いつマウンドに戻れるのか。そして来季はどんな立場で過ごすことになるのか。
- 曽谷龍平は左肘の靱帯再建術(トミー・ジョン手術)を受けたことが10月23日に分かった
- 9月17日のソフトバンク戦で左肘の違和感を訴え、6回途中で降板していた
- 複数の病院で診察を受け、保存療法も含めて検討したうえで手術を決めた
- スポニチは来季中の復帰は絶望的で、2028年の完全復帰を目指すとみられると報じた
- スポーツ報知は来季、育成選手として再スタートする可能性が高いと伝えた
WBC左腕を襲った2度の離脱
曽谷は白鷗大から2022年ドラフト1位でオリックスに入った左投手だ。2024年は20試合で7勝11敗、防御率2.34を残した。2025年は21試合で114回1/3を投げ、8勝8敗だった(ベースボールチャンネル)。
4年目の2026年は、3月のWBCで日本代表に選ばれ、1試合に登板した。シーズンでは14試合で5勝を挙げている(スポーツ報知)。
ただ、夏前から左肘に不安を抱えていた。スポニチによると、交流戦の後に左肘を痛め、約1カ月半の離脱を強いられた。8月8日のロッテ戦で1軍に戻り、先発ローテーションに復帰している。
では、一度は戻ったはずの左肘に何が起きたのか。
保存療法から手術を選んだ理由
転機は9月17日、京セラドームでのソフトバンク戦だった。曽谷は左肘の違和感を再び訴え、6回途中で緊急降板した。この試合を最後に1軍を離れ、投げずに調整を続けた(スポーツ報知)。
スポニチによると、曽谷は複数の病院で診察を受けた。保存療法を含め、あらゆる選択肢を探ったという。そのうえで球団と話し合い、肘にメスを入れると決めた。
報知は、思うように状態が上向かなかったと伝えている。球団と話し合いを重ね、10月上旬に手術を決断していたという。曽谷は「思い切り腕を振れないのは自分らしくない。このままでは、さらにチームに迷惑をかけると思っていました」と話した。
手術を選んだ以上、気になるのは戻るまでの道のりだ。
来季は育成で再出発の公算
スポニチは、来季中の復帰は絶望的だと報じた。そのうえで、2028年シーズンでの完全復帰を目指すとみられるとしている。報知も、競技復帰までに1年は費やすとされると伝えた。
来季の立場について、報知は育成選手として再スタートを切る可能性も高いと報じている。NPBでは、支配下選手は1球団70人までと決まっている。一方、育成選手の人数に上限はない(ベースボールチャンネル)。
仕組みのうえでは、育成選手に移れば支配下の枠が1つ空く。その枠は、来季戦う選手の補強に使えることになる。育成から支配下を目指す道筋は、オリックスが台湾U18代表の2投手を育成で獲得した経緯でも触れている。
本人は前を向いている。「球団の方には感謝しかありません。入団した頃よりも強くなった姿で帰って来たい」と報知に語った。
ただ、曽谷の離脱はチーム全体の問題とも重なっている。
昨年から延べ12人目の手術
スポニチによると、オリックスで同じ手術を受けたのは、曽谷で昨年から延べ12人目になる。今年5月には、エースの宮城大弥と山下舜平大がそろって利き腕の靱帯再建術を受けた。
山下は2023年に新人王を取った右腕だ。今季は開幕投手に決まっていたが、オープン戦で右肘に違和感が出た。手術は米国で受けたと報じられている(高校野球ドットコム)。
先発の柱が次々と抜けるなかで、球団はドラフトで手を打った。スポニチによると、今年のドラフトでは支配下で6人を指名し、うち5人が投手だった。投手のうち4人は大学生や社会人で、すぐに戦える力が期待されている。
報知によると、曽谷は宮城や山下が同じ手術で長く離れている状況を受け止めていた。そのうえで「何事も前向きに取り組んで、自分自身をアップデートしなければいけない」と話している。
ここからは、読者が抱きそうな疑問に短く答える。
曽谷龍平の手術をめぐるQ&A
Q. トミー・ジョン手術とはどんな手術か?
肘の靱帯を再建する手術の通称だ。曽谷が受けたのは左肘の靱帯再建術で、報道ではこの通称で伝えられた。スポーツ報知は、競技復帰までに1年は費やすとしている。
Q. 曽谷龍平はいつ左肘を痛めたのか?
最初は交流戦の後で、約1カ月半離脱した。8月8日のロッテ戦で復帰したが、9月17日のソフトバンク戦で再び違和感を訴えた。この日は6回途中で降板している。
Q. 曽谷龍平の今季成績はどうだったのか?
4年目の今季は14試合に登板し、5勝を挙げた。3月のWBCでは日本代表として1試合に登板した。
Q. 育成選手として再出発するとはどういうことか?
育成選手は、70人までの支配下選手の枠の外で結ぶ契約だ。報知は、曽谷が来季は育成選手として再スタートする可能性が高いと伝えている。
Q. オリックスで同じ手術を受けた投手は何人いるのか?
スポニチによると、曽谷で昨年から延べ12人目になる。今年5月には宮城大弥と山下舜平大が、そろって利き腕の靱帯再建術を受けた。
Q. 曽谷龍平はどんな投手か?
白鷗大から2022年ドラフト1位で入団した左腕だ。2024年は20試合で7勝11敗、防御率2.34だった。2025年は21試合で8勝8敗、防御率4.01を記録している。
2028年の完全復帰が目標に
曽谷の左肘は、交流戦後の離脱と9月の再発を経て、手術という結論に至った。複数の病院での診察と保存療法の検討を経た判断だった。
報道によれば、来季中の復帰は難しい。来季は育成選手として過ごす可能性が高く、2028年シーズンでの完全復帰が目標とみられる。
「入団した頃よりも強くなった姿で帰って来たい」。WBCを経験した左腕にとって、来季はマウンドに戻るための1年になる。
なぜ流行っているのか?
曽谷龍平の名前が急上昇した背景には三つの要因がある。一つ目はタイミングで、ポストシーズンが続きプロ野球への関心が高い10月下旬に手術が報じられた。二つ目は意外性で、3月のWBCで日本代表に入った左腕が、同じ年のうちに長期離脱に至った落差が大きい。三つ目はチーム事情で、球団では昨年から延べ12人目の同じ手術とされ、宮城大弥・山下舜平大に続く主力の離脱として受け止められた。来季は育成選手での再出発の可能性も報じられ、ファンの関心は復帰までの道のりと来季の立場に向いている。
この記事の根拠
エビデンス 2件参考資料 3件
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手術の事実(10月23日判明)、9月17日ソフトバンク戦での6回途中降板、複数の病院での診察と保存療法を含む検討、来季中の復帰が絶望的で2028年の完全復帰を目指す見通し、延べ12人目という数字はスポーツニッポンの報道で確認。10月上旬の決断、今季14試合5勝、本人コメント、育成選手での再スタートの可能性はスポーツ報知の報道で確認。球団公式サイト・公式Xでの発表は探索したが見当たらず、大手報道2件を出来事確認の根拠とした。SNS上の練習や起用法への疑問は報道で確認できないため本文に含めていない。