矢部浩之さんはなぜナイナイANNの2度目の卒業を選んだのか?2014年と同じ理由と12月からの一人ラジオ

矢部浩之さんはなぜナイナイANNの2度目の卒業を選んだのか?2014年と同じ理由と12月からの一人ラジオ

30-50代向け
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この記事のポイント

  • 矢部浩之さんが『ナイナイANN』を2014年以来2度目の卒業
  • 理由は前回と同じ「一人でラジオをやりたい」思いだ
  • 1994年からの歩みと2020年の復帰、岡村隆史さんの11月以降、12月の新番組を整理する

2026年10月8日深夜、矢部浩之さんが『ナインティナインのオールナイトニッポン』の卒業を発表した。番組は1994年開始で通算1500回を超え、今回は2014年以来2度目の卒業となる。なぜ再び番組を離れ、一人の新番組へ向かうのかが論点になっている。

一度戻った番組を、なぜ矢部浩之さんはもう一度離れるのか。答えは、12年前に本人が語った理由の中にある。

  • 矢部浩之さんは10月29日深夜の放送で『ナイナイANN』を卒業する
  • 卒業理由は2014年と変わらないと本人が説明した
  • 根にあるのは「一人でラジオをやりたい」という思いである
  • 岡村隆史さんは11月5日の放送から一人で番組を続ける
  • 矢部浩之さんは12月からニッポン放送で一人の新番組を始める

32年続いたナイナイANNの歩み

ナイナイANNは、1994年4月に始まった。最初は月曜深夜3時の「2部」だった。わずか3か月後の7月、木曜深夜1時の「1部」に上がった。スポーツ報知によると、通算の放送回数は1500回を超える。オールナイトニッポンの中で歴代最多の長寿番組である(スポーツ報知)。

最初の節目は2014年だった。番組は2014年9月で、20年あまりの放送に区切りをつけた。10月からは岡村隆史さんが一人で枠を受け継いだ(ORICON NEWS)。当時、矢部浩之さんは「終わりたいと言ったのは僕」と語り、自分の意思だと説明している(ORICON NEWS・2014年)。

2度目の始まりは2020年5月である。きっかけは、岡村隆史さんの番組内での発言が批判を集めたことだった。矢部浩之さんは翌週の生放送に出て、相方をきびしく叱った。そして5月14日の放送から、番組名は5年半ぶりに『ナインティナインのオールナイトニッポン』に戻った(デイリースポーツ)。

では、6年あまり続いた第2期を、なぜ終えるのか。本人の言葉を見ていく。

矢部浩之が語った卒業の理由

発表は10月8日深夜の生放送だった。矢部浩之さんは「10月29日で『ナインティナインのオールナイトニッポン』を卒業します」と伝えた。2014年に続く卒業について、「2回の卒業は前代未聞です」と笑った(スポーツ報知)。

理由について、矢部浩之さんは2014年と変わらないと話した。当時は、個人として「ゴールした」という感覚があったという。そのうえで、一人でラジオをやりたいという思いを明かした(スポーツ報知)。

モデルプレスも同じ点を伝えている。1回目の卒業はラジオが嫌になったからではない。一人でラジオをやりたい気持ちからだった、と本人は説明した(モデルプレス)。

つまり今回の卒業は、新しい理由によるものではない。12年前に果たせなかった「一人のラジオ」を、改めて形にする決断である。そう考えると、2020年の復帰の方が例外だったことになる。

では、矢部浩之さんの「一人でやりたい」という思いは、どこから来たのか。手がかりは2010年にある。

2010年の単独放送と2020年の復帰

2010年、岡村隆史さんは体調不良で約5か月休んだ。その間、矢部浩之さんが一人で番組を担当した。本人はこの時期を「意外と楽しかった」と振り返っている(モデルプレス)。

一方、2020年の復帰は、本人にとって予定外だった。矢部浩之さんは、相方を叱るために6年ぶりにニッポン放送を訪れたと話した。1回出演すると「来週もお願いします」と言われ、流れで番組が戻ったという(スポーツ報知)。

当時の報道では、岡村隆史さんが頼れるのは矢部浩之さんだけだと考え、電話で出演を頼んだと伝えられた(デイリースポーツ)。今回の発表で、岡村隆史さんは「感謝でしかない」と6年前を振り返った(スポーツ報知)。

単独放送の手応えと、相方を支えるための復帰。この二つを並べると、2度目の卒業の筋道が見えてくる。では、卒業後の番組はどう変わるのか。

岡村隆史の11月と矢部の12月

11月5日の放送からは、岡村隆史さんが一人で番組を続ける。岡村隆史さんは、自分も卒業になると思っていたと明かした。だが、ニッポン放送から「また岡村さん1人で」と言われたという(モデルプレス)。

2014年10月から2020年5月までと同じく、岡村隆史さん一人の体制に戻る形だ。

矢部浩之さんは、12月から同じニッポン放送で一人の新番組を始める(スポーツ報知)。コンビの冠番組を離れても、局とのつながりは続く。ナインティナインの二人は、それぞれの番組を持つことになる。

ここからは、よく聞かれる疑問に短く答える。

よくある質問

Q. ナイナイANNはいつから放送されていたのか?

1994年4月に始まった。最初は月曜深夜3時の2部で、同年7月に木曜深夜1時の1部へ上がった。通算の放送回数は1500回を超えている。

Q. 矢部浩之さんの1度目の卒業はいつだったのか?

2014年9月である。番組は20年あまりで区切りをつけ、10月から岡村隆史さんが一人で担当した。矢部浩之さんは当時、終わりたいと言ったのは自分だと説明している。

Q. 矢部浩之さんが2020年に番組へ戻ったきっかけは?

岡村隆史さんの番組内での発言が批判を集めたことがきっかけである。矢部浩之さんは生放送で相方を叱り、その後の放送から番組名が『ナインティナインのオールナイトニッポン』に戻った。本人は流れで復活したと振り返っている。

Q. 卒業の放送を聴き逃したらどうすればよいか?

ORICON NEWSによると、放送から1週間以内ならradikoで聴ける。radikoのタイムフリー機能を使えば、深夜に聴けなかった人も後から確かめられる。

Q. 岡村隆史さんの番組は11月からどうなるのか?

11月5日の放送から、岡村隆史さんが一人で担当する。2014年から2020年までと同じ単独の体制に戻る。ニッポン放送から改めて一人での担当を頼まれたと本人が明かしている。

Q. 矢部浩之さんの新番組はいつ、どこで始まるのか?

12月から、ニッポン放送で一人の新番組が始まる。10月9日時点の報道では、番組名や曜日・時間は発表されていない。続報はニッポン放送の発表を待つことになる。

卒業は「一人のラジオ」への再挑戦

矢部浩之さんが2度目の卒業を選んだ理由は、2014年と同じだ。「一人でラジオをやりたい」という思いである。2010年の単独放送で得た手応えが、その思いを支えている。

2020年の復帰は、相方を支えるための予定外の出来事だった。だから今回の卒業は、12年前の決断に戻る選択と読める。12月に始まる新番組は、その思いを形にする場になる。

なぜ流行っているのか?

関心が集まった要因は三つある。一つ目はタイミングで、10月8日の発表から3週間後の10月29日深夜が最後の出演と決まっており、卒業回の前後に検索が集中した。二つ目は「2度目」という珍しさだ。本人が「前代未聞」と笑ったとおり、一度戻った人気番組を再び離れる例は少なく、なぜ今なのかという疑問が生まれやすい。三つ目は長寿番組への愛着である。1994年から32年、通算1500回を超える番組は、リスナーが世代をまたいで聴いてきた存在だ。2020年の復帰の経緯を知る人も多く、その物語の区切りとして受け止められている。12月の新番組という次の予定があることも、関心を保つ材料になっている。

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この記事の根拠

エビデンス 5件参考資料 2件

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卒業発表(10月8日深夜の生放送)と最後の出演日(10月29日深夜)、2度目の卒業であること、卒業理由が2014年と同じで一人でラジオをやりたい思いによるという本人の説明、岡村隆史さんが11月5日から単独で担当すること、矢部浩之さんが12月からニッポン放送で一人の新番組を始めることは、スポーツ報知・ORICON NEWS・モデルプレスの報道で確認した。番組開始(1994年4月の2部、7月の1部昇格)と通算1500回超はスポーツ報知、2010年の単独担当はモデルプレス、2020年の復帰経緯はデイリースポーツとスポーツ報知で確認した。ニッポン放送の公式発表ページは検索で見つからず、一次ソースは得られなかった。新番組の番組名・曜日・時間は報道時点で発表されていない。

出典・参考リンク